| 南西アジア旅行記 管理人の、7ヶ月間のアジア一人旅 おもしろエピソード |
■ 第4話 TOMODATI! 12月26日朝、パトナからラジギールに向かう。 インドにしては、きれいに飾り立てた、しかもあまり混んでいない直通バスだ。 乗客は皆、お金持ちらしかった。 インドでは貧しい人は痩せていて、お金持ちは太っている。大抵そうだ。 警官にお金を巻き上げられたときのローカルバスに乗っていた連中とは大分違う。 しかし途中すれ違うローカルバスは、屋根の上まで人があふれていた。 屋根だけでなく、バスの後ろにまで人がへばりついてぶら下がっている。 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 ラジギールへの道は、ヒンドスタン平原の中を走る。 見渡す限りの田畑の中に、ところどころに森があり、椰子の木みたいな木がたくさん生えていた。美しい光景だ。 映画に出てきそうな中世風のレンガづくりの家々や、日本の屋台のような掘っ立て小屋、そしてものすごくたくさんいる牛の数。その牛の糞を壁に貼り付けた家々。 (※ 牛の糞は乾かして燃料にするのです。) 農村の風景だけなら、なんと美しくのどかなこと。 ラジギールに着いたら早速人が寄ってきた。 「何か売るものはないか。」 「ヘイ! トモダチ! ドコイク!」 変な日本語も飛び交う。 ラジギールは仏教ゆかりの地で、日本人観光客も多いところだから、商売人たちは片言の日本語を話す人が多い。 ツーリストバンガローというホテルに泊まることにした。 ドミトリー(相部屋)で、1ベッド4ルピー(約120円)なり。 散歩していたら、カトマンズで知り合った日本人と会ったので、彼と雑談していたら横から二人のインド人が流暢な日本語で割り込んできた。 「トモダチ! トモダチ!」 テニー氏とパップ氏である。 テニー氏は日本に留学していたことがあるそうで、現在、フランス語を含め8ヶ国後を勉強中だという。 「日本語はむずかしい。英語はとっても簡単!」 20歳でもう子供がいる。聞けば、インド人は男は15〜17歳、女は13〜14歳で結婚するという。 彼らは何が目的かわからなかったが、妙に私にくっついてくる。 別に物を売りつけようとするわけでもなく、単に話しかけたかったように思えた。 なりゆき上、以後数日間彼らと行動をともにして、あちこち歩き回った。 彼らの言葉でいう「トモダチ」ということで・・ 日本語で会話できるのでとても楽だった。 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 翌日、テニー、パップ両氏は、日本人団体観光客を相手にビジネスをするから一緒に行こうというので、仏舎利のある山に3人で登っていった。 彼らのビジネスというのは、象牙のネックレスや数珠、宝石などのみやげものを観光客などに売ることらしい。 昼頃、山に団体客がやってきた。 テニー氏たちはせっせと商売していた。 私も手伝った。日本人観光客相手に象牙のネックレスを売りつけた。 なりゆき上こうなったけど、なんで私がインド人の物売りの手伝いをしているんだろう? 団体客の中に、毎日新聞の記者だという人がいて、私に向ってあなたはどういう人でこれからどこへ行くのかなどと詳しく聞かれたので、 答えついでに、警官の強盗について、記事にしてもらおうと思い、話して聞かせた。 その夜、テニー、パップ両氏と私、ほか日本人男女2名で、この町の大きな寺院の中にある「温泉」にはいることにした。 温泉は、外から見ると、汚らしくて混んでいて寒そうだ。 あまり入りたい気分にはならないなあ・・・ 大きな湯船が数箇所あって、それぞれが段々田んぼのように、上の湯船からあふれたお湯がその下の湯船に入り、そこからあふれたお湯が、また下の湯船に入るという具合だ。 湯につかっている人々を見ると、どうも上の湯船は身分の高い人用、下の方はカーストの低い方の人たち用のようだった。 我々は、上の湯船に入った。いいのかなと思ったが、テニー氏たちがこっちだと言ったからいいんだろう。 入ってみると、意外にいいところだ。 底は細かい砂利になっていた。 日本人の20歳の女性一人も、胸を出して下着一枚で我々といっしょに入った。 勇気ある! テニー氏は喜んで、湯にもぐっては彼女にちょっかいを出したりしてキャーキャーと遊んでいる。ちょっと羨ましかったかな。 インドの若者が日本の若い女性と混浴なんて、普通じゃ考えられない経験だろう。 日本人だってそうだ(^_^; テニーよ、あまり図に乗るんじゃねーよ。 温泉の壁に囲まれた大きな四角い黒い空に、きれいな月が出ていた。 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 私が泊まっているツーリストバンガローには、この晩、別の日本人団体が宿泊した。 彼らは、ホテルの大きなテラスで、日本から持ち込んだうどんを自炊して食べていたので、私もちゃっかりご馳走になった。 ところが次の朝テラス行ってみたら、ゆうべのうどんの袋やゴミが、全然片付けられないまま散乱しているではないか! 団体はもう出かけた後だった。 ああ、こんなことをしているから日本人観光客は悪名高くなるんだ・・・ 彼らはアメリカやヨーロッパのホテルでも同じことをするのかな? なんとなくインド人を見下していないか? 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 翌日、テニー、パップ両氏とバスに乗って隣のビハール市へ映画を見に行った。 インドの映画はストーリーが単純で、歌や踊りや喧嘩の場面がとても多い。 いい人と悪い人がはっきりしていて、言葉がわからなくともストーリーは理解できるのがいい。 観客もうるさくて、興奮する場面になると大声で騒ぎ立てる。 ネルーやガンジーの記録フィルムがちょっと差し挟まれる場面がよくでてくるが、そういう時は、観客がもう大騒ぎだ。 英雄を英雄として心から誇りにしている姿が羨ましい。 バスは往復とも混んでいて、屋根の上に乗っていった。 これはこれでまた気分爽快だ。 道の途中に枝を張り出した樹があって、屋根に乗っている人にぶつかりそうだと、運転手はバスを停め、 屋根の上の乗客にノコギリを手渡し、乗客が枝を切って通行を確保するのだった。 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 翌日もテニー氏といっしょに、またしても映画を見に行った。今度はガヤの街に。 映画は初公開ということでものすごい人の数だ。 入り口に群集が押し寄せ、隙間はどこにもない。騒然としている。 人垣の上を、人の肩を踏みつけて中に入っていく人もいる有様だ。 中に入るのは大変だったが、テニー氏のトモダチという、ガヤの「やくざ」ラビ氏に手を引かれていったので安心だった。 もう一人、テニー氏の友人でスダマという人物もいたが、彼は酔っていて、目がすわっていて恐ろしかった。 下手なことを言うと噛み付かれそうだ。 ガヤの町の、テニー氏の友人がマスターをしているアジットレストハウスというホテルに泊まり、翌朝テニー氏がホテルに迎えに来て、またしても映画を見に行った。 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 こんな感じで、インド人の「トモダチ」と遊び歩いた。 映画のキップだって、彼らが奢ってくれることもあったし、彼らから何か売りつけられたわけでもない。 騙されたわけでもない。 唯一彼らから頼まれたのは、銀行で彼らの持っている30ドルの現金をインドルピーに換金したことだ。 パスポートを持たない彼らが、外貨を所持していることは違反なのだそうだ。 だからこうして旅行者に頼むのだろう。 年も同じくらいなので話もはずんだ。シモネタが多かった。 最近見聞きするインド旅行記では、詐欺にあったり高いものを売りつけられたりと、インド人の印象は良くないものが多いけれど、 私のこの旅では、テニー氏たちに限らず、まじめで素朴な人の方が多かったように思う。 時代がかわり、インド人もかわったのかな? 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 夕日の沈む丘で、人々がクリケットで遊んでいる姿などを見ていると、つくづくこの国の人は働かないなあと思われてしょうがない。 仕事を持っているとはいえ、テニー氏もパップ氏も例外なく普段はぶらぶらしているし、平日の真昼間から映画館には大勢の人が押しかけているし、 工事現場の様子を眺めていても、10人いればそのうち動いているのは2〜3人、あとは指示したり座り込んだり・・・その周りには、大勢の子供がその様子を見ている。 これだけの人々が、これしか働かないで食べていけるんだから、インドは貧しい国ではないんじゃないか? 平日の真昼間にいい男がぶらぶらしていたら変な目で見られる日本の方が、貧しいように思えてきた。 Mrテニー、いい「トモダチ」だった。 (続く) |