| 南西アジア旅行記 管理人の、7ヶ月間のアジア一人旅 おもしろエピソード |
■ 第16話 屋根の上のシタール弾き インド中央部の大都市、ハイデラバードにやって来た。 昨日まで、車中泊、野宿、車中泊、野宿・・・と繰り返し、もう4日もまともにベッドの上で寝ていないから疲れた。 この街でしばらく滞在し、あまり動かずにじっとして休もう・・・と考えたのだ。 ところがホテルで一晩寝たらもう元気が回復して、この街の名所を全部見てやろうという気持ちになった。 やっぱり若けー! 当時の私は若かった(=21歳) 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 早速行動開始。 まずカメラ屋でカメラを買った。 アラハバードで泥棒に盗まれて以来、せっかく旅をしているのに写真がなかったので、この際買うことにした。 ISORYUという旧式のインド製カメラ。 スタイルはダサイし、フィルムも大きくて、写真は正方形になるそうだ。 日本のフジカラーやサクラカラーのフィルムは使えない。 本体275ルピー、カバー35ルピー、フィルム15ルピー也で、しめて日本円にして9800円ほど。 こんなダサイカメラにしては高い!という気もするが、生活必需品がうんと安くて贅沢品がうんと高いインドではこんなものか。まっ、しょうがない。 結構大きな出費だが、ホテルの隣の部屋の住人が、私の関数電卓を600ルピー(約18000円)で買いたいと言っていたので、完全にモトがとれる予定だったため、少々高い買い物も苦にしていなかった。 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 翌日、この街唯一の名所であるチャールミナール(4本の塔という意味のイスラム建築)を見るため歩いていった。 途中の川原は緑美しい田んぼになっていて、共同洗濯場で人々が着物を洗っていたり、水牛の群れが水浴びしていたりで、のどかで楽しい風景が広がっている。 チャールミナールの前の茶屋にいたら、「Good Morning」と声をかけられ、あるインド人が私のテーブルの横に座り話しかけてきた。 よく見ると、この男には見覚えがある。 昨日も、街中の雑踏で私に声をかけてきた男ではないか? 怪しそうな輩だ。どうせロクなもんじゃないだろう。 そう思って無視していても、彼はおかまいなしに話続ける。 聞きたくなくとも聞こえてしまう。 いつの間にか、ついつい彼と会話していた。 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 彼の自己紹介によると、要するに自分は今、昼間エンジニアリングの勉強のため学校に通っている。 学生ではあるものの、プロのシタールプレイヤーでもある。 しかし、シタールを弾いているだけでは食べていけないから将来はエンジニアになるつもりだ。 現在の唯一の収入源は、シタール教室の教え子たちからの月100ルピーの月謝と、旅行者にシタール演奏を聞いてもらって、幾ばくかのお金をもらうことである。 エンジニアリングの勉強には関数電卓が必要だが、自分はとても貧しくて買えない。 そこで、昨日街中であなた(つまり私)が関数電卓で計算しながら買い物している姿を偶然見かけた。 自分には関数電卓がどうしても必要なので、もし良かったら、自分のシタール演奏を聞いてくれないか。 それで満足したら、お金は要らないからあなたの関数電卓を自分にくれないか? ・・・そういうことか。 なんて虫のいい話なんだ。 演奏を聴く料金がいくらなのかは知らないが、関数電卓の方がずっと高価だろうが! それに、こういう輩の言っていることはすべて嘘と思った方がいい・・・そう思っていた。 「あんたは本当に学生なのか?」 「本当にシタールが弾けるのか?」 そう聞くと彼は、「私は貧しい。私を信じてほしい。」と何度も繰り返していた。 私は当時、ギターを弾くことが趣味だったから、シタールには興味があった。 彼の話の信憑性はともかくとして、シタールの生演奏だけは聞いてみたかったので、彼の学校が終わる夜8時に、私の泊まっているホテルに彼が迎えに来るという約束をして別れた。 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 インド人は嘘つきが多い。 「悪意のない嘘つき」というか、正確でない話をいとも簡単にするとでも言えばいいのか。 これまでに会ったインド人に「シタールが弾けるか?」と聞くと、ほとんど皆「少し弾ける」と答えていたが、本当はどんなもんだか? ラジギールでお世話になったTOMODATIのテニーだって、「少し弾ける」と言っていたが、実際に弾かせてみると全く弾けなかった。 インド人は時間にもルーズだ。 時間の約束をしてそのとおりになったためしがない。 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 ところが予想に反して、その日の夜8時、約束の時間きっちりに彼はホテルにやってきた。 二人でバスに乗り、彼の家に行く。 確かに、質素な家だった。 彼はシタールを大事そうに取り出し、おもむろに調整をはじめたので私は言った。 「屋根に登ろう。屋根の上は気持ちがいい。そこでシタールを聴きたい。」 「OKだ。」彼は言う。 二人とも屋根によじ登り、三日月の夜、彼の家の屋根の上で、差し向かいでシタールの生演奏を聞いた。 正直、これまで旅先で会った多くのインド人の嘘に触れてきたため、あまり期待してはいなかった。 この手の話は話半分に聞くような癖がついてしまっていたのだ。 しかし・・・彼はうまかった! 演奏が始まると、私はうなってしまった。 プロだというのは本当らしい。 華麗な指使いとリズム感、緩急強弱のメリハリ、音色の美しさ、時折響くシタール独特のエキゾチックな和音・・・ 途中、下の道を、どこかのリッチな家の結構式の華やかな行進が通り過ぎていったため中断をはさんだが、約40分にわたり、ある物語を表現しているという素適な演奏を聞いた。 十分に満足した・・・ この夜もまた、私の人生の中で忘れられない素敵な一夜になったのだ。 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 さて、ここに来るまで、私はこう考えていた。 どうせロクな演奏ではないだろうから、 「演奏料として30ルピーほど払おう。」とでも言えば、喜んで収まるだろう・・・と しかし、演奏はうまかった。彼は嘘つきではなさそうだ。 彼は私の関数電卓を欲しがっているが、この電卓は600ルピーで売れるアテがあるのだ。 どんなに演奏が上手でも600ルピーほどの価値があるとは思えない。 しかしこのとき私は、音楽の力で酔っていた。 損得勘定から考えれば合わないが、どこぞの得体の知れない人間に売るよりも、最も必要としている人が持っている方がいいのでは・・・ 結局私は、関数電卓をその場で彼にあげてしまった。 旅先ではお金がなにより頼りだが、このときばかりは、お金より夢や人間を信じることにした。その方が面白い。 彼はがっちりと手を握り、お礼を言ったあと、 「4年後に日本にシタールの公演に行く。その時、今持っているシタールをあなたにあげよう。」 さすがにそれは話半分に聞いていたが・・ 明日ハイデラバードを発ってカルカッタに向かうことを告げたら、彼は朝5時に私のホテルに迎えに来て、駅まで案内すると言う。 そして翌朝、またしても彼は約束どおり5時かっきりにホテルに現われた。 ・・・インド人は時間にルーズで嘘つきな人ばかりではなさそうだ。 (続く) |