| 南西アジア旅行記 管理人の、7ヶ月間のアジア一人旅 おもしろエピソード |
■ 第20話 ヒマラヤの旅 (3) 私がネパールにいたのと同時期に、ヒマラヤ未踏峰ガネッシュヒマールの初登頂を目指して山に入っている先輩がいた。 その先輩が以前、偵察で山に入ったときの印象を私に語ってくれたことがあり、それによると、ヒマラヤでは奥地へ行けば行くほど人々は貧しく、すさんでいるということだった。 このランタン谷の、人が常時生活している最奥の集落であるランタン村に泊まったときは、まさにそんな感じ! 先輩の言葉を思い出さずにはいられなかった。 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 ランタン村の手前である若者とすれ違った。 彼は、 「自分はこれから燃料にするための木を伐りに山へ行くが、自分の家はランタン村で宿屋をやっているから泊まってくれ。」ということだ。 で、お昼過ぎに村に着き、彼の言っていた家をさがし、ある大きな家の前で、庭にいたおばさんに「ここはホテルか」と英語で尋ねてみると、おばさんは、何かネパール語で話したが意味不明。 家に入れというような仕草をしたので中に入った。 結局この家に泊まることになったが、実はここは村の手前で会った若者の家ではなかった。 この家はもともと宿屋などではなかったのだ。 大きなマニ車(チベット仏教の経典が書かれた円柱)が置かれた薄暗い大部屋に、10名ほどの家人たちがいた。 泊まっている「客」はもちろん私一人。 「客室」なんてものはない。だからプライベートもない。 この大部屋で、明日の朝まで10人ほどの家人とともに過ごすことになってしまった。 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 英語が全く通じないのはもちろん、家の人たちがお互いに話している内容も、その口調からしてイガミあい、喧嘩みたいなのばっかりだ。 そして、話すことがなくなると、シーンとした静寂。 もちろん電気などないので、部屋は暗い。 すべて薪の火によって用を足しており、静寂の中、いろりで火を焚く音だけが妙に大きく聞こえる。 何もすることがないと、10名くらいの家人が皆、私の方をジーッと見る。 夕食になった。もちろん米などない。 ジャガイモらしきものが出てきたが、言葉も通じないし、「談笑」なんてものからは程遠い。ただ出てくるものを黙々と食べるだけ・・・ ここの家の人たちは、「サービス」という概念を知らないんじゃないかな? だから、私が何か日本語でつぶやくと、すぐにそれを真似してみたり、馬鹿にしたように笑うのも、何も知らないからなんだろう。 珍しい「客」が来たとばかりに、こちらの気持ちなど無関係に、老人から子供まで皆ジーッと私の方を見つめている・・・ プライベートが無いどころか、彼らの見世物だ。 外は午後から雪になり今さら出て行くわけにもいかず、耐え難い時間が過ぎてゆく・・・ 何かこう、わーっと叫んで山を駆け下り、そのまま飛行機に乗って日本に帰りたい衝動に駆られた。 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 麓のトリスリバザールではバナナの木が生えていたランタン谷も、このあたりまで来ると、谷ははっきりと氷河地形のU字谷になり、村の背後には、かすんで見えないほど上の方まで大岩壁が伸びている。 そして今、雪が降りしきり、寒い。 ここはあまりにも自然が厳し過ぎるんじゃないだろうか。 ここにあるものは、岩、土、イモ、わずかな樹木、ヤクや羊などの動物およびそれらの肉やミルク、そして布、わずかな金属の鍋類、わずかな穀物等、たったそれだけの原初的なもののみで、人々は生活している。 家の人たちは、紫外線焼けかなんか知らないが、皆首筋とか足首とか、どこかガサガサとただれている。 私が南京虫に噛まれたところが痒くて、日本から持ってきたマーキロを塗っていたら、この家の人たちがそれぞれのただれた箇所を指差し、マーキロを塗ってくれとせがむ。 皮膚のただれにマーキロを塗ったってどうにもならないが、説明することは不可能と思われたので、仕方ない。 今日一日で、持参したマーキロは空になってしまった。 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 こんな家は早く出たい! 待ちに待った翌朝、雪だ。しかも、時々視界が悪くなるほどだ。 知らない山道を一人で歩くには危険な状態だ。 考えた末、今日もランタンに停滞することにしたが、宿は変えた。 村の中を探しまわり、集落の下の方に、道で出会った若者の家があったので、朝、そこに移った。 ここならいくらかの英語が通じるし感じも良い。 彼の家にある「サリンギ」という楽器をいじくりまわしていたほかは、いろりの火にあたって暇な一日を過ごしていた。 あの若者は今日も伐採に出かけていったので、若者の母と二人きりだ。 このおばさんは、この村にしては珍しく笑顔がある。 聞けば、ふもとのトリスリバザールから息子の手伝いにきているのだそうだ。 どおりで、ランタン村の人たちとはちがっている。 彼女は、食事をつくる時以外は、一日中ずっと縫い物をしていた。 夜、若者が戻ってきて、3人で家庭的でほのぼのと楽しい夕食だ。 言葉が少しでも通じること、笑顔があることの素晴らしさがシミジミ実感されたのだった。 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 夜中、小便がしたくなり目が醒めた。 しかし、家の中は本当に真っ暗で、どうすれば外に出られるかわからない。 洩れそうになりながら、手探りであせって出口を捜す・・・ どうにか玄関までたどり着き、これまた手探りでカンヌキをはずし、やっとのことで外に出た。 急いで用を足し、落ち着いて顔をあげると、雪は止み空はわずかな雲を残して晴れていた。 月が輝き、U字谷を囲む山々を青白く照らし出している。 これがヒマラヤか・・・・新雪の山々はぞっとするほど冷たく恐ろしげで、そして美しい・・・ ひとつひとつの山に神が住むと言われても、今なら信じられた。 (続く) |