| 南西アジア旅行記 管理人の、7ヶ月間のアジア一人旅 おもしろエピソード |
■ 第31話 アラーよ、許したまえ(^^ゞ パキスタンのクエッタを早朝出てイラン国境に向かったバスは、夕刻を過ぎてもなおまだ走り続ける。 ボンリーという名の小さな町を出てからは集落は全くなくなり、夜の闇の中、未舗装の悪路を疾走する。 現地通貨もなくなっていたし店もないから食べるものが手に入らない。 腹へった・・・ 持参した水もなくなり、喉が渇く。水ほしい・・・ とにかくじっと我慢だ。 夜9時頃、沙漠の真ん中でバスは停まった。 タフタンに着いたわけでもないのに何でだろう? 外を見渡すと、たくさんの現地人?たちが、それぞれグループに分かれてランプを囲み、食事をしている最中だった。 なんだろう、この人たちは。 遊牧民か? バスの乗客は皆外へ出て、食事している人たちから水をもらおうとした。 私だけでなく、皆沙漠の旅で喉がカラカラだったのだ。 乗客たちはある集団に近づき、水を少しくれとでも交渉している様子だ。 子供が大きな水壷をしっかりと抱きかかえ、毅然とした態度でよそ者には水を与えようとはしなかった。 水の管理は子供の仕事なのだろうか・・ 乗客たちは何度か子供に話しかけたが、ダメだ。 「絶対に渡さない」とでもいうように、しっかりと水壷を抱きかかえ、はっきりと拒絶する。 実にしっかりとした感じの子供だった。 乗客たちがあきらめて戻りかけたとき、そばにいた私はやはり水が欲しくて、子供に話しかけた。どうせダメだろうが・・・ ところが予想に反して、子供は私に水を恵んでくれたのだった。 何故だか分からない。 見たこともない遠い国から来た旅人だとでも思ったのだろうか? あの人たちはいったい何だったのか、今でも分からない。 太いターバンをしていた。 パキスタン人というよりは、アフガニスタンのスタイルだ。 遊牧民か? あるいは、アフガニスタンの難民たちだったのか? 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 深夜、イラン国境の町タフタンにやっと到着。 今日は結局、ナン2枚と2切れの肉片しか食べられなかった。 腹へった。疲れた。(-_-;) 目の前に国境の事務所があるが、深夜なので当然閉まっている。 沙漠の中の何もないところに、トラックやドラム缶、殺風景な家々が並ぶだけの集落。 ここで朝まで野宿する。 バスの乗客たちも皆、地面の上に思い思い好きな場所に寝転がって夜を明かそうとしている。 私も土の上に寝転がった。 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 しばらくして、便意をもよおした。 うっ、こんなときに・・・ この旅ではインド式に慣れていたので紙などは持ち歩いていない。 水さえあれば、どこでも「大」ができる。水さえあれば・・・ あっ、水がない! 一滴もない! うーん、どうしようかな・・・(考) 皆が寝静まったと思われた頃、私はむっくりと起き出した。 片手にアルミの鍋を持ち、星空の下、別の乗客たちが寝ているところにゆっくりと近づき、枕もとにある水壷を持ち上げ、そっと振ってみた。 チャプチャプしている。しめた! 私は持参したアルミ鍋にひそかに水を失敬し、静かにその場を立ち去った。 「必要最低限」の水だけいただいたのでございます。 アラーよ、許したまえ・・・(^^ゞ 沙漠を奥へと進み、窪地を見つけてしゃがみこんだ。 自分がこの地まで旅したことの証を大地に残し、ねぐらへ戻って横になる。 これで安心(^^)v パキスタン最後の夜は、満天の、本当の満天の、降るような星空を見上げながらの楽しい野宿だった。 (続く) |